【保存版】傾城阿波の鳴戸 十郎兵衛住家の段

『愛娘とは露知らず、自ら手をかけ殺めてしまう十郎兵衛』

――「先ほどは、乞食どもが金を盗ろうとしていたようだが、お前、お金を持っているのかい?」困り果てた巡礼の少女を見掛け、我が家へと連れ帰ってきた十郎兵衛なのだが。

――「よそのおば様にもろうて、持っております」

――「なに、それはあぶない事じゃ、あぶない事じゃ。その金はどれほどある。見せてごらん」

――「・・・・ これほどざんす」おつるは、もらった金を差し出した。

――「こりゃ、小銭が五拾文ばかり… 他には無いのかえ?」

――「いえいえ、この財布の中には、『大事なものが包んである程に』人に見せるなと婆さまが言わしゃんしたによって、誰にもやる事はなりませぬ・・」おつるは頑なに差し出そうとしない。

――「エエ、そのように隠すと為にならぬぞよ‼」

おつるは、「それでも、大事なものじゃもの」と拒む。

――「大事な金ものでも為にならぬ。片意地言わずと預けておきや」

――「エエ、こんなところに居るのは嫌や」大声をあげ、逃げようとする。

首筋を咄嗟につかんで黙らせようとする。

――「エエ、やかましい、やかましい。近所へ聞こえる。声が高い」

――「怖がることはない。わしにも、ちと金の要る事があるによっての、どれ程あるか知らぬども、二、三日預けてたもや」

そう言って両手をはなせば、がっくりとそこへそのまま倒れる娘。「こりゃ なんとした、どうした‼」と声掛けようにも、息も通わぬ即死の有様。

その時、女房のお弓が帰ってきた。

――「オオ、こちの人戻っていたか。お前の留守の間に国に残した娘のおつるが不思議とここへ来たわいのう」

しかし、夫婦は共にお尋ね者となっているので親子だとは明かせず、泣く泣く返したのだ、と伝えるお弓。
「よくも俺に知らせずに追い返せたものだ。お前は鬼のようだ」と言って、その娘の年格好をたずねると、まさしくそれは布団の中の死骸となった娘。

夫が借金を返す金欲しさに殺してしまったことを知り、夫婦で悲しんでいるところに追手がきた。
二人は、おつるの亡骸に火を放ち、泣く泣くその場を逃げるのだった。

その後、おつるの死骸の懐にあった小判を包む手紙から、主君の名刀「国次」を盗んだのは、小野田郡兵衛というお家乗っ取りを企んだ悪者である事が分り、事件は一件落着。十郎兵衛は阿波藩への帰参が叶うことになったのであった・・。

[写真・編集:山中 邦康]

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