「秋葉まつり」の魅力を一挙公開!

9月24日、今年は晴天のもと知立神社で秋葉まつりが行われました。市内6町の若衆の勇姿を写真を中心にお届けいたします。

宮入前。知立神社に向かう通りは、玉箱とともに長持ち唄の音色が響いています。(若衆の長持ち歌に合わせて右、左と飛び歩く。箱の中には、花火玉に見立てて入れられた石が音を立てておどります)

今年初の宮入を迎える姿。

続々と境内へと入り、出迎えているところ。山町の三尺玉(一尺はおよそ30cm)。手筒花火の奉納は記録によると明治40年が最初で、以降「花火大会」が秋葉祭りの主流となりました。大正以降、春の大祭とともに秋葉神社の祭礼も年々盛大となり、手筒花火というよりもむしろ三尺玉など大仕掛けの打ち上げ花火が中心となりました。現在では手筒花火が主流となっています。

各町内の人々も提灯などを持って宮入する。提灯は秋葉社の祭礼の原型なのかもしれません。

知立神社、右奥にある秋葉社では、煙火奉納を前に祭事がおこなわれます。

刈谷万燈祭関係者によると、お囃子がとても似ているそうです。ルーツを辿れば、知立まつりは刈谷、知立の交互開催。

6町があいさつを終え、いよいよ手筒花火の煙火奉納がはじまります。

境内には多くの人々が手筒花火の迫力に圧倒されていました。

煙火奉納を終えた勇姿たち。

鳥居をゆうに超える花火の勢いと轟音が境内に響きわたる。

時間とともに花火は色を変え、境内を染め上げます。

6つの町がそれぞれ円陣を組み、手筒花火を両手に握ると一斉に点火。(終焉には手筒花火の底が抜けて爆発)

打ち上がる花火の高さは約7mにもなり、降り注ぐ火の粉に耐えながら手筒花火を奉納します。手筒奉納を一挙公開。1758年から続く秋葉まつり。当時は春の知立神社大祭に対応した、秋祭りとしての位置付けで、神楽や人形浄瑠璃、獅子舞狂言などの奉納が中心でした。時代の流れとともに少しづつ若者の祭りへの関心が薄まっている昨今。今後も時代に融合した新たな仕掛けや伝統継承のための試みに期待が集まります。

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