【刈谷市】必見!万燈祭から学ぶ伝統継承の7つの秘訣!

氏子7町、200年以上の歴史ある刈谷万燈祭。そこに企業と新たな地区が加わった。保存会・行政・企業のタイミングや想いが合致し、来場客数は大幅に増加、また祭を未来へ受け継ぐための様々な大改革がそこにあった。

一、人を魅了するための初日が「新楽」(神への奉納が本楽)

一般客への来場案内は、「16:30から来てください」とやや遅めだ。ここに大きな仕掛けがある。来場案内の時刻を前に、ご祝儀をもらった町内や、協賛企業周りを昼ごろから早々と済ませていた。案内時刻には、万燈祭の魅力を一見さんでも集中して見ることができるのだ。

二、魅せる祭を加速させる、コンテスト形式を導入!

18:10分から氏子7町、企業3社(新しい地区)で優秀を決めるコンテストがある。審査基準は、大万燈の出来栄え・団結力・統率力・元気さで評価される。毎年製作される、大万燈を競うことで、より伝統に磨きがかかり、技も高められていく。その年のトップ、若衆頭(頭)の統率力による町(企業)の団結、町の上昇志向を左右する元気さ。まさに、地域の活性に不可欠な要素でもある。

三、守るべき神事、魅せる祭りのすみ分け!?

企業と新しい地区は初日(新楽)のごく一部の参加のみ。コンテスト会場では、企業(新しい地区)は北の通りから、氏子7町は、西の通りから出場する方法で分けられていた。企業万燈による舞も見事なものだが、200年以上の歴史は重く、氏子7町は一段と会場の雰囲気を変えていた。秋葉社への宮入は氏子7町のみでおこなわれる。

四、新たな継承者を得るための工夫!

全町一斉舞の終盤に用意されているのが、観客が本物の万燈を担いで体験する

「ふれあいタイム」がある。翌日の秋葉社万燈奉納を控えるが、初日は人に見せるための祭りとして、継承者を少しでも増やす、また魅力をさらに深めてもらおうという思い切った試み。

五、指揮統制に関する先進事項!

組織図では、会長1名・副会長3名・幹事1名・事務局兼会計1名・監査2名の計8名の役員会で組織されている。

指揮統制は、 評議員(各町2名の町を代表する者)+役員会で評議会ということ。

運営を左右する各町内3名の万燈委員(本祭りの指揮統制は2名) この万燈委員との連絡確認事項の徹底を事務局1名が上手に行っていることで、大きな問題になる前に済んでいるという実態。事務局の手腕も要。

六、先回りした指揮統制について学ぶ!

平成10年頃当時の原田会長の時代に、今の前身となると役員会+理事会(各町2名)で始まり、平成12年近藤会長時代に、組織拡大。 平成19年、太田会長時代に、概ね現体制(祭事委員会・保存委員会の2委員会制)

七、企業参入のルーツを知る!

16年程前、豊田自動織機フォークリフト事業部の世界大会が明治村で行われた際、万燈保存会にイベントで万燈披露を依頼。その時、初めて見る万燈の舞に感動を覚えた執行役員。地域に根差す企業として、地域貢献の一環として祭りに参加したいと考えた。

翌年、7町へ熱意を伝えるも、祭の核でもある奉納や7町で伝統継承をしてきたという歴史が重くのしかかる。1年もの間、企業はひたすら各町に出向いては、ただただ伝統を感じるしかなかったのだ。

そして、氏子7町の刈谷万燈祭に加え、豊田自動織機の企業参加が決まった。後に、デンソーが加わり、3年目にアイシンが加わることになる。

本楽、7町による奉納行事という核心は守り、新楽での新規参入。

町内引きは地域で負担し、全町引きは企業負担である。

万燈は大変な苦労があり、補修なども手がかるそうだ。万燈は町内から借りていたが、5年程前から、自分達でようやく作れるようになった。蔵に出向き何度も製作の技を教わってきたのだ。

「伝統芸能は、地域主体で定着していくもの、人を育成するのは大変な手間と時間がかかる。今後も祭をつうじた地域のつながりと連携、伝統芸能を守っていきたいと思います」

取材協力:豊田自動織機 総務部 社会貢献推進室 社会貢献グループ 熱田さん

 

編集長まとめ

神事を徹底していくこと、その裏腹に神事を継承していく責務。そこにはどの地域でも様々な手法や試みがあると思います。刈谷市では、氏子7町で200年以上の年輪を重ね、死守してきた伝統文化。継承そのものが全国的に危ぶまれるなか、10数年前の刈谷市もそのようでした。それからプライドを一部的に捨て、神事を継承するための先読みをして革新していきます。行政への協力を求める、刈谷市を代表する祭として名乗りを高め、刈谷市全体へ波及する試みをしました。その時期に企業と新たな地域が手を上げる。そこで、守られる神事と未来に受け継ぐための新たな道を決断する。最終的には守られる神事のなかに、多くの人々を魅了する!という、格式高く、多くの人々に波及していく祭、それが万燈祭の最大の魅力なのかもしれません。歌舞伎の世界では、女子禁制が現代の常識。出雲の阿国、歌舞伎のルーツを辿れば女性が発端なのです。年輪を重ねては、やがて女子禁制なのが歌舞伎になり、劇場の写真の二枚目に貼られるのが現代の二枚目という言葉が定着、十八番(オハコ)もそうです。阿国の代から継承された、格式高い演目も、数百年後でも凄腕の演者が集えば、歴史を踏襲、それを守りながらも進化させていきます。そのように、今現在に伝わる、守るべきことではなく、何故この祭りが始まり、どういう目的で行っていたのか、それを神事にするということは、未来永劫に残すべき、伝統や想いだったのだと確信していたのではないでしょうか。 会社員 兼 編集長 山中 邦康 

 

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