宝町梶棒連

山車組みを終えた、4月10日の夜。梶棒連は疲れも癒えぬまま山車蔵へと向かった・・

蔵が開けられると、高さ7メートル・重量5トンの山車が、月明かりに薄く照らされていた。

見上げた先の黄金色が、微かではあるが不気味にも思えた。前へ!!

梶見の号令に、若衆は梶棒に力を込める。「ギシギシィ」木材が擦れあうような音とともに大きな車輪が転がった。右ぃ!左ぃ!!さらに調整が行われ、左右の梶棒の外側は蔵の中のスペースでほぼ均等になり、山車倉の後方に4メートル程のスペースがつくられた。祭りを迎えるその日まで、山車は蔵から出ることはないそうだ。いよいよ担ぎ上げ。梶見の号令一下!!「ギシッギシッギシィー!!」


山車の骨組みは、けたたましい音をあげ、松の大木からできた大きな車輪は、地面から引き離された。

梶見の田島さん、鈴木さんの掛け声と、気配を背中で感じ、若衆は目を閉じ、無言のまま担ぎ上げた姿勢を保っている。

8人の若衆は日常とは全く異なるであろう数分間を、梶棒から伝わってくる山車の感覚を肩へ刻み込んでいるように見えた。

しばらくその態勢が続いた後、掛け声と共に

「ドカーンッ!!」担ぎ上げと別のけたたましい音が鳴り、山車ごと車輪が叩き落とされた。視線を落とすと若衆も地面へと転がっている。

落下後、わずかなインターバルがあるが、世間話などはない。

身体の休息というよりは己の精神に問いかけ、仲間達と呼吸を、合わしているようである。激しい担ぎ上げ、担ぎ降ろしが四、五回ほど繰り替えされた。

ある一定の重量を超越すると、重さの感覚が麻痺するらしい。祭り当日には、肩は腫れ上がり、痛みや感覚がなくなるまで稽古を積み「肩をつくる」そうだ。

梶棒(かじぼう)連とは

・山車の後部に配置され山車の方向を決める大事な役回

・10人で組織され、8名が梶棒に付き、2名が梶見となり山車操作の合図をする

・山車後方の梶棒を肩で担ぎ上げ、方向を変えたり、山車を回転させたりするのは見所の一つです

・梶見の一声で一糸乱れず指示どおり動きます

・参道の下り坂を約200メートル「担ぎ上げ」で後方車輪を浮かせたまま下りきるところが梶棒連として正念場でもある

スポンサードリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。


*